札幌高等裁判所 昭和33年(ナ)1号 判決 1960年11月17日
原告 小沢久吉 外四名
被告 北海道選挙管理委員会
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
当事者双方の申立
原告等訴訟代理人は「被告が昭和三三年八月九日なした原告等の訴願を棄却するとの裁決を取消す。昭和三三年三月一六日行われた留萠市長選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
原告等の主張
原告等五名は、昭和三三年三月一六日行われた留萠市長選挙の選挙人であるが、同選挙の効力について、同年三月二八日、留萠市選挙管理委員会に異議の申立をしたが、同年五月二日、これを棄却され、同年五月二二日、被告に訴願を提起したところ、被告は、同年八月九日、棄却の裁決をなし、原告等は、同年八月一五日、右裁決書の交付を受けた。
右の選挙においては、次の結果が表われた。
当日有権者数 一九、九二〇
投票者総数 一七、六〇五
有効と認められた投票数 一七、四九四
得票数(候補者橋本作市) 八、九〇二
同 (同 玉置信一) 八、五九二
しかし、次に挙げる理由から、選挙の結果に異動を生ずる虞があるので、本件選挙は無効である。
(一) 選挙管理全般に関する法規違反
昭和三三年三月五日の選挙告示により、橋本作市、玉置信一の両名が市長候補者として立候補し、本件選挙が行われたが、橋本候補者に組織的に偏向を表明する留萠市役所職員組合の組合員の殆ど全員が、選挙管理委員会から本件選挙に関する事務について委嘱を受けてその事務を執行した。すなわち、右組合員によつて、一四カ所の全投票所における<1>選挙人の確認、<2>投票用紙の交付、<3>投票所の管理、<4>投票函の送致、保管、<5>開票事務、<6>開票所管理等万般の選挙事務が行われた。
しかし、本件選挙における当選者橋本作市は、昭和二九年三月、留萠市長に当選し、市長在任中の昭和三二年一二月頃、次期市長として立候補の意思を表明し、また留萠市役所職員組合は、留萠地区労働組合協議会の組織下にあつて、昭和三二年一二月二五日、その臨時組合大会において、次期市長選挙(本件選挙)について現職市長橋本作市を推薦支持することを決議し、かつその頃、留萠市役所の庁舎、施設等に橋本作市支持の文書を掲示し、また同組合は、右労働協議会より、その推薦候補者橋本作市を、組合員に徹底させ、その支持をを求めるべき旨の指令を受けて、その頃これを実行した。
以上の情況下にあつては、公職選挙法第二七三条の趣旨に反するばかりでなく、これに加えて左記違法なる不在者投票管理下における投票は選挙人の自由意思に基く投票が著しく抑圧され、選挙法の目的とする自由と公正がそこなわれるに至り、選挙全体の結果に異動を及ぼす虞があるといわねばならない。
(二) 補充選挙人名簿調製手続の違法
補充選挙人名簿は公職選挙法第二六条第一項によれば、当該選挙人の申請に基いて調製することを要するのに本選挙の補充選挙人名簿に登録された有権者総数一、二〇八名のうち、選挙人の申請に基かずに登録されたものが三五五名ある。すなわち、
登録申請書に押印のないもの 一〇四名( 八四通)
登録申請書に記名も押印もないもの 二五一名(二〇五通)
これらは留萠市選挙管理委員会の委嘱した調査員が同委員会の職員として右選挙管理委員長の指揮を承けて調査した書類に基いて登録されたもので、こうした重大な名簿調製手続違反ある名簿を用いてなされた本件選挙は無効である。
(三) 選挙人名簿原本と抄本の不正確
本件選挙に用いられた選挙人名簿は極めて杜撰なものである。一四区の投票区の各投票所において選挙人名簿の抄本を用いて選挙が執行されたのであるが名簿の原本と抄本における記載の喰違が八七名以上に及んでいる。すなわち、誤載者、転出者、死亡者として修正または符箋処理されなければならないのに、選挙人名簿抄本にその処理がなされず、また原本ならびに抄本に不一致があるのに、その不正確な抄本に基いて選挙人の対照、投票用紙の交付がなされた。右八七名の内投票した者二四名がある。その内訳は
投票済の者のうち、符箋処理が抄本にない者 一八名
投票済の者のうち、符箋処理が抄本にある者 三名
投票済の者のうち、誤載抹消が抄本にない者 二名
投票済の者のうち、死亡抹消が抄本にある者 一名
で、第一投票所の選挙人名簿に綴り直された形跡があり、抄本は原本と同時に作成さるべきであるのに筆跡が相違する等名簿の正確性に深刻な疑が挾まれる。こうした不正確な選挙人名簿に基いてなされた選挙は、不公正であつて、無効である。
(四) 選挙人の確認に関する違法
投票管理者は公職選挙法第四四条、同法施行令第三五条に従い選挙人をして投票をなさしめることを要し、選挙権のない者とか、本人でないものに投票させてはならないにも拘らず、前記(三)の杜撰な選挙人名簿抄本を使用して選挙人の確認を怠り左記に掲げるように選挙権を有しない者の投票、死亡者名義の投票等不正投票を行わせた。
<1> 死亡者名義でなされた投票(選挙人名簿、同抄本に登録されていて、選挙当日、抹消されていない死亡者で投票済となつているもの) 四〇票
<2> 同(選挙人名簿に登録され、同抄本は、選挙当日抹消されていた死亡者で、投票済となつているもの) 一票
<3> 二重投票(選挙人名簿に重複して登録されていて、選挙当日、抹消されていないで、投票済となつているもの) 二三票
<4> 同(選挙人名簿抄本の同一人欄に投票済の印が二回押されているもの) 二〇票
<5> 同(不在者投票をしながら、選挙当日も投票したもの) 一三票
<6> 選挙資格のない者のした投票(選挙人名簿に誤載されたもの) 三票
<7> 同(選挙人名簿に登録されていた転出者で、投票済となつているもの) 一〇票
<8> その他の違法な投票(入場券を提出しないでしたもの) 四〇票
<9> 同(不在者投票につき、入場券を提出しないでしたもの) 二九九票
<10> 同(不在者投票につき、入場券を提出しないでしたもので、選挙人名簿に投票済の処理がないのに、投票用封筒があるもの) 三票
<11> 投票したかしないか不明なもの(選挙人名簿について二通の抄本を使用した投票所において、投票済処理に喰違いのあるもの) 一〇〇票
<12> 同(選挙人名簿について二通の抄本を使用した投票所において、投票済処理が一方は押印により、他方は鉛筆によるもの) 五票
<13> 投票しないもの(入場券を提出しながら、投票済とされていないもの) 二六票
右は投票管理者の重大な任務違反であつて、選挙人の二重投票、替玉投票の不正を防止する保障を欠いて行われた右選挙に公正を疑わしめる手続規定の違背があることは明らかである。
(五) 投票立会人に関する違法
本件選挙における第六投票所では、投票立会人中村岩松、東谷清江、角田為春のうち、中村岩松を欠いたまま投票が開始され、かつ相当長時間遅れて立会いながら中村岩松は投票実施中生理的要求或は昼食等一時的不在と認められる範囲を超えてしばしば席を外し、四時間のうち少くも延べ一時間にわたる長時間投票所を離れた。すなわち、同投票所においては、法定の立会人を欠いて、有権者三六九名中、三四四名の投票がなされたものである。これは明らかに選挙の結果に影響を及ぼす選挙の規定違反である。
(六) 不在者投票に関する違法
(1) 不在者投票に際して公職選挙法第四九条、同法施行令第五二条の規定によつて必要とされる留萠市長の発行すべき証明書の発行事務を留萠市選挙管理委員会書記小笹英一が担当した。小笹英一が右証明書発行事務を適法になし得るには地方自治法第一八〇条の二に基く委任がなければならないのに、これが適法の委任を欠除し、右証明書の発行は無権限者によつてなされた無効のものである。無効の証明書に基いてなされた不在者投票九三票は、投票の管理規定違反である。
(2) 公職選挙法施行令第六〇条によれば不在者投票用紙を封入した封筒には投票立会人の署名が要求されている。しかるに本選挙でなされた不在者投票総数四二一通のうち不在者投票立会人である小笹英一の署名を欠き、従つて適法な投票立会行為の認められない投票は実に二八八通に及ぶのであつて、この事実は不在者投票四二一票が正当な立会管理の下に投票が行われたものではないことの証左で、右不在者投票はすべて違法である。
(3) 留萠市選挙管理委員会書記小笹英一は、不在者投票につき<1>前記証明書の発行、ならびに<2>選挙人名簿の対照、<3>選挙人の確認、<4>投票用紙の交付、<5>投票用封筒の受領等の選挙事務と投票立会人という、職務の性質上兼務の許されないものを一人で行つた。これは正規の立会人を欠くものであつて、選挙の公正を著しく害し違法である。
以上選挙の管理執行の違法はいずれも選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に該当するから請求の趣旨どおりの判決を求める。
なお、本件選挙における補充選挙人名簿が被告の主張のとおり形式的には確定したことは認めるが、たとえ名簿が確定しても、その名簿調製手続に前記違法原因(二)記載のような重大な瑕疵があるので右名簿に登録された選挙人は投票権を有するものではない。
また、前記違法原因(六)(1)の点につき留萠市選挙管理委員会書記小笹英一について、被告主張のとおり併任の発令があつたことは認めるが、右併任は無効である。すなわち、地方自治法第一八〇条の三の規定があるからといつて、その逆が許されないから、選挙管理委員会の職員を市の吏員と兼ねさせることはできない。なぜなら、市吏員は、地方公務員法第三五条に定められるとおり、その職務に専念すべき義務があるので、法律、条例など特別の規定があつて初めて他の職員を兼ねさせることができるのであつて、地方自治法第一八〇条の三がそれであり、従つて既に他の職員である者をそのまま兼ねて市吏員に任命することはできないものと解すべきだからである。仮に右併任が許されるものとしても、地方公務員に適用される昭和二七年人事院規則八―一二「職員の任免」第二一条に従うべきものと解されるところ、本件併任は、右法条の掲げる基準に該当しないので、無効といわなければならない。
被告の主張
原告等の主張の冒頭記載事実は認めるが、本件留萠市長選挙の管理執行につき原告主張のような選挙を無効とすべき違法はない。
(一) 選挙管理全般に関する法規違反の点について。
留萠市役所職員組合において、昭和三二年一二月の臨時大会において留萠地区労働組合協議会の橋本作市推薦決議が報告されたこと、本選挙期日の告示前留萠市長の承諾を得て数日に亘り橋本作市候補者を推薦する旨の全道労協及び全市連発行の機関紙を組合掲示板に掲示したことは認めるが、職員組合が橋本候補者を推薦する旨を決議したこともなければ、同候補者に偏向すべき意思を示したことはない。留萠市職員のうち、一〇名が投票管理者、一四名が同職務代理者、九四名が投票所事務従事者として発令、委嘱されたことは事実であるれども、職員組合の構成員としての公務員がその本務と委嘱された選挙事務従事者との立場において選挙人の投票の自由に影響を与えるような外形的意思活動をしたことがないのであるから、選挙の効力に消長を及ぼすものではない。
(二) 補充選挙人名簿調製手続の違法の点について。
原告等主張事実のうち、選挙人の申請に基かずに登録されたとの点は、否認するが、その他の部分は認める。但し、
登録申請書に押印のないもの 一〇一名( 八四通)
登録申請書に記名も押印もないもの 二四一名(二〇二通)
合計 三四二名
である。
そうして、原告等の主張する登録は、選挙管理委員会委員長の委嘱を受けて、選挙資格の調査に従つた非常勤特別職地方公務員である留萠市選挙資格調査員が留萠市選挙管理委員会の職員としてではなく、個人として選挙人本人のために一定様式の申請書用紙に本人に代つて記載したものであつて、その記載に不備の点があつても、公職選挙法第二六条第一項所定の申請は文書によることを必要としないものと解すべきであるから本件補充選挙人名簿登録申請に瑕疵はない。
なお仮に、右登録に瑕疵があるとしても、この点は補充選挙人名簿登録の効力につき昭和三三年三月五日から同月八日までの縦覧期間内に異議を申立てて争うべきものであり、本件名簿は、昭和三三年三月一一日、既に適法に確定しているところであつて、爾後補充選挙人名簿の登録無効を主張できない。
(三) 選挙人名簿原本と抄本の不正確について。
本件選挙の基本選挙人名簿の原本と抄本との記載において選挙人八七名の喰違あることおよび各投票区において選挙人の確認につき選挙人名簿の抄本が使用せられたことは事実であるけれども、適法に確定した選挙人名簿の登録につき不在者投票のために原本が使用されたことその他事務繁忙のためにその後の死亡者、転出者の登録修正につき事務取扱上遺憾な点があつたけれども、右抄本による選挙人を確認したことの結果に徴すると右八七名の内投票したと認められる者が二三名で選挙人側に存する無権利者投票すなわち潜在無効投票の疑あるものが九票に過ぎないから、これを以て選挙の公正を妨げる選挙の管理執行規定の違反ある場合といえない。
(四) 選挙人の確認に関する違法の点について。
この点に関する原告等主張事実のうち、<4>の投票済の押印がその主張どおり二回押されていること、<6>、<7>につき無資格者による投票の疑あるものが九票あること、<8>につき入場券を提出しないで投票したものが四〇票あることは、認めるが、その他の事実は否認する。しかし右<4>は、単なる投票管理事務取扱の過誤に過ぎない。<8>は、同時に行われた留萠市議会議員の補欠選挙をしないで帰るとき、入場券を持帰つたものであつて、何等違法はない。右補欠選挙の投票数が四九票少い一七、五五六票であることからも、このことはうかがえる。また<5>についていえば、不在者投票をしたこの一三票は選挙当日の投票はしていないし、<13>についていえば、うち二三票は実際に投票されており、単に投票済の押印洩れに過ぎず、残りの三票は入場券を提出しながら投票しなかつたことが推測される。以上は投票管理者の指揮監督下に投票管理事務を補助する投票事務従事者等の不馴もあり、市長選挙と市議会議員補欠選挙とが同時に行われたことが原因して投票混雑時に選挙人名簿抄本に誤つて、投票済印を押し、或は入場券の回収を誤りまたは誤つて投票場で入場券を発行したことの不手際による結果であり、選挙人の確認行為に過誤がない。二重投票、無資格者投票等の不正が介在したとしてもかような不正投票は選挙人の違反行為であつて当選無効原因とはなつても、選挙執行機関の選挙の管理執行に関する規定違反には該当しない。
(五) 投票立会人に関する違法の点について。
本件選挙の第六投票所における投票立会人中村岩松が投票時間中不法に立会人の席を離れたとの原告等主張事実を否認する。同投票所が立会人中村岩松の住居と文字通り壁一重の関係にあつて、湯茶の世話は同人がすべき立場に置かれていたこと、椅子が老年の中村立会人に苦痛であつたことなどで投票開始前から投票所に参会していた同立会人が投票時間中断続的に極く限られた時間投票所内と同視さるべき場所に自席を離れたことがあるに過ぎない。仮りに同立会人が離席していたときの投票が不公正であるとしても、同立会人の離席中になされた投票は第六投票所における投票数三六七票のうち影響を受けるものは僅少であるから、選挙の結果に異動を及ぼす虞がない。
(六) 不在者投票に関する違法の点について。
(1) 留萠市選挙管理委員会書記小笹英一が留萠市長の交付すべき不在事由の証明書を発行したことは、認めるが、同人が不在者投票事由を審査しその証明書発行事務を取扱う職務上の権限がなかつたとの原告等の主張を争う。すなわち、右小笹英一をして選挙管理委員会職員である身分のみをそのまま有せしめて、市長の職務を行わしめるために地方自治法第一八〇条の二により市長の権限事務を同人に委任することも一の方法であろうけれども、むしろ円滑に右権限事務委任の趣旨を達成させるためにかねて留萠市長より、本務の任命権者たる留萠市選挙管理委員会の同意を得て、昭和三〇年一〇月一日、留萠市事務吏員に併任され、同年一二月一日、同市総務課庶務係勤務を命ぜられ、右証明書の発行事務を取扱う権限を有していたのである。元来地方公務員については、いわゆる併任について何等の規定がなく、また何等これを禁ずべき規定もないので、任命権者が、その職員の職務遂行に著しい支障がないときは、職員の効率的活用等の見地から、必要と認めてその裁量において、関係任命権者の同意を得て、併任を命じ得ると解すべきである。このことは、地方公務員法第二四条第四項の規定、同法と同じ基盤に立つ国家公務員法に基き制定された昭和二七年人事院規則八―一二「職員の任免」第二一条の規定等に照らして、併任は予想されているところと解されることからも、明らかである。また、地方自治法第一八〇条の三の規定は、地方公共団体の各種執行機関相互の行政運営の合理化と経費の節減を図つたものであつて、その双方の人的規模の比較から、長の補助職員が委員会等の補助職員を兼ねることのみを予想して規定せられたものと解すべきであつて、その逆の場合を禁ずる趣旨のものではない。従つて小笹英一が留萠市長発行名義の不在事由の証明書を作成交付したことになんら違法がない。
(2) 不在者投票用封筒の裏面に立会人小笹英一の署名がなく、他人の記名にかかるものが二〇〇件以上あることは事実である。しかし不在者投票を封入した投票用封筒に立会人の自署を欠いたとしてもこれだけで正当な立会人の欠缺を推認できないのであつて、事実選挙人である小笹英一が立会人として立会し公正な不在者投票が実施された。
(3) 選挙管理委員会書記小笹英一が不在者投票管理者の機関として原告等の主張する不在者投票事務に従事するとともに立会人を兼ねたことは争わない。しかし、不在者投票が選挙人が登録されている市町村においてなされる場合においては、公職選挙法第四九条、第五〇条の対比によつて認められるように、選挙当日投票所における投票立会人の職分よりせまいと解すべきであり、投票用紙および投票用封筒の交付を受けた選挙人が<1>不在者投票管理者に投票用紙および投票用封筒を提示してその点検を受け、<2>投票用紙に自ら候補者一人の氏名を記載しこれを投票用封筒に入れて封をし投票用封筒に署名し、<3>不在者投票管理者に提出する場合についてのみ立会を要するのであるが、小笹英一において立会人としてこれに立会するとともに選挙人の確認、不在者投票事由の審査事務と投票用紙および封筒交付等の事務を臨時雇員等の補助の下に取扱つたけれども両者は互に矛盾することがなく、常に不在者投票管理者の面前で右不在者投票がなされたものである以上選挙管理委員会書記小笹英一を右不在者投票における立会人に選任したことにつき何等違法の点はない。
(立証省略)
理由
一 原告等が、昭和三三年三月一六日行われた留萠市長選挙の選挙人であり、同選挙の効力について、同年三月二八日、留萠市選挙管理委員会に異議の申立をしたが、同年五月二日、これを棄却され、同年五月二二日、被告に訴願を提起したところ、被告は、同年八月九日、棄却の裁決をなし、原告等が、同年八月一五日、右裁決書の交付を受けたこと、右選挙において表われた結果が、
当日有権者数 一九、九二〇
投票者総数 一七、六〇五
有効と認められた投票数 一七、四九四
得票数(橋本作市) 八、九〇二
同 (玉置信一) 八、五九二
であることは、当事者間に争がない。
二 そこで、原告等主張の選挙の無効原因について判断する。
(一) 選挙管理全般に関する違法の点について。
昭和三三年三月五日の選挙告示により、橋本作市、玉置信一の両名が市長候補者として立候補し、本件選挙が行われたこと、留萠市役所職員が留萠市選挙管理委員会から本件選挙に関する事務について委嘱を受けてその事務を執行したこと、すなわち右職員によつて、一四カ所の全投票所における<1>選挙人の確認、<2>投票用紙の交付、<3>投票所の管理、<4>投票函の送致、保管、<5>開票事務、<6>開票所管理等の選挙事務が行われたこと、本件選挙における当選者橋本作市は、昭和二九年三月、留萠市長に当選し、昭和三二年一二月頃同市長として在任していたこと、その頃、留萠市役所庁舎内に同市役所職員が橋本作市支持の文書を掲示したことは、当事者間に争がない。
証人佐川藤一の証言によつて成立の認められる甲第四号証の二ないし八、および一二、一三と右証人の証言によれば、留萠市役所職員組合の上部団体たる留萠地区労働組合協議会が、昭和三二年一〇月頃から、本件選挙においては橋本作市候補を推薦支持して選挙運動を行うこととし、かつその下部組織である右職員組合に対し、その推薦する橋本作市について組合員にその旨を徹底させるように指示したこと、留萠市役所職員組合は右指示について、昭和三二年一二月二七日の組合大会において組合員佐川藤一より報告されたが、同組合としては橋本作市を支持する旨の決議はしなかつたこと、また、留萠市役所職員組合がその上部団体たる全道市役所職員組合連合会あるいは留萠地区労働組合協議会から配布された機関紙あるいは選挙関係文書を留萠市役所庁舎内に掲示したことは、認められるが、留萠市役所職員組合がこの外特別に選挙運動をなしたこと、または同組合員が橋本作市を支持するため、公職選挙法第二七三条に定められた忠実義務が期待できなかつたこと、さらには同組合員が選挙事務に従事するために選挙人の自由な意思が抑圧されたことを認めるに足る証拠はない。かえつて、証人成田義雄、清水清志の各証言を総合すれば、本件選挙においては、留萠市役所職員組合員たる選挙事務従事者等は、むしろ忠実にその職務を執行し、選挙人に対する行動も公正であつて、選挙人の自由な意思によつて投票がなされたことがうかがえるから、この点の原告等の主張は理由がない。
(二) 補充選挙人名簿調製手続の違法について。
本件補充選挙人名簿が、昭和三三年三月一一日、適法に確定したことは、当事者間に争なく、成立に争のない甲第五号証の一ないし二八八によると、右名簿に登録されている者のうち、登録申請書に押印のないものが一〇五名、登録申請書に押印も記名もないものが二四三名あることが認められるが、同号各証に証人成田義雄の証言を総合すれば、右一〇五名についてはその申請人が右申請書を作成提出して申請したことと、右二四三名については留萠市選挙管理委員会委員長の委嘱を受けて選挙資格の調査に当つた留萠市選挙資格調査員が、個人的に選挙人本人の意思に副うよう本人に代つて申請書を作成するに当り誤つて申請者の記名、押印を洩したものであることが認められ、右認定に反して右合計三四八名に関する登録が選挙管理委員の職権で行われたことを認めるに足る証拠はない。従つて、この点の原告等の主張は採用できない。また右各申請書の形式に申請人の記名押印を欠く不備があるからといつて、前示のように本件補充選挙人名簿が適法に確定した以上、その効力を左右するところはないのであつて、これを以て選挙の管理執行手続に違法があるものとは、いえない。
(三) 選挙人名簿原本と抄本の不正確について。
本件選挙が選挙期日に一四カ所の投票所において、選挙人名簿抄本により選挙人が選挙人名簿に登録せられている者であることを対照確認せられたこと、選挙人名簿(基本選挙人名簿補充選挙人名簿)原本と抄本に喰違、不一致がある者、すなわち誤載者、転出者、死亡者にして選挙人名簿原本の修正、符箋処理表示を欠き又は符箋処理を誤り或は抄本に修正、符箋表示の処理がなされているのに原本にこれを欠く等の喰違ある登録者八七名あることは争のないところであるけれども、選挙人名簿がいずれも適法に確定していることは弁論の全趣旨に徴して当事者間に争いがないから、証人成田義雄、同佐藤正三の各証言により、選挙人名簿の原本と抄本に喰違の生じた原因は留萠市選挙管理委員会の職員の手不足と不在者投票に原本を使用し不在者投票が連日に亘り行われたこと等に基因し、修正、符箋表示の喰違、脱漏につきなんら悪意の存しなかつたことが認められるので、登録無資格者の名簿処理につき遺漏が存するということだけでは、選挙の規定違反と断ずることができない。また名簿の確定して後その登録資格者に喰違のある選挙人名簿の抄本が選挙人確認の用に供せられても、投票管理者においてことさらにこれを利用しての不正投票を看過したことを窺うべき何等の証拠がないから、たとい右選挙人名簿の修正処理等の措置に不正確な点があることに原因して不正投票がなされたとしても、右潜在無効投票は当選無効原因となり得ることがあろうけれども選挙を無効とすべき規定違反と解することができないから、この点の原告等の主張も採用できない。
(四) 選挙人確認に関する違法の点について。
投票管理者が本件選挙の当日一四カ所の投票所において選挙人名簿の抄本を選挙人対照の用に供し選挙人確認手続を経て投票用紙を交付したことは当事者間に争がなく、右抄本には修正、符箋処理表示に遺脱、誤謬があつて登録者八七名につき原本と喰違いのあることは前示認定のとおりであるが、各投票管理者またはその投票管理事務を補助する選挙事務従事者において選挙人と名簿との対照確認手続を懈怠し、無資格者の原告等の主張するような不正投票をことさらに認容看過したことはこれを認むべき確証がない。各成立に争のない甲第六号証の二ないし同第一九号証の二、原告小原武本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、前記選挙人名簿抄本の修正、符箋処理表示の遺脱されている登録者に選挙人確認手続を経た上押印される投票済印が押印され、または投票済印が二重に押されており、選挙期日に選挙人の確認等に使用する目的で選挙人に予め配布された入場券と投票済印とが符合しないことが選挙期日後において選挙人名簿、その抄本の各記載と入場券とを比較調査した結果判明し、その数がほぼ原告等主張するところに近いものであることが看取できるけれども、証人成田義雄、同佐藤正三、同清水清志、同高梨敏子、同柿木虎三の各証言を総合すれば、各投票管理者を補助する選挙事務従事者が事務不馴のために投票者が混雑するときに投票済印を誤つて押し、或は押印を遺脱し、市長選挙と市議会議員の補欠選挙が同時に行われたので、入場券の回収を忘れ、或は投票者の一部が補欠選挙の投票をしないで入場券を持ち帰つたこと等に原因して右選挙人確認手続の結果に書類上錯誤が生じたのであつて、選挙人名簿とその抄本に喰違のある七九名のうち二八名投票したが二一名が有権者投票で、残余七名の無資格者投票および転出者で二名の無資格者投票がなされたに過ぎず、各投票管理者およびその補助者が公職選挙法第四四条、同法施行令第三五条所定の任務を行うにつき原告等主張の任務違背の点はなく、また右投票管理執行者の選挙人確認手続事務の不手際によつて原告の主張するような多数の不正投票が生じなかつたことが認定できる。従つて選挙人の不正による候補者の何れに帰属したか不明の右無資格者投票すなわち潜在無効投票九票は当選の効力を争う事由となり得るけれども、本件選挙の管理執行手続規定に違反があるとする原告等の右主張は採用できない。
(五) 投票立会人に関する違法の点について。
本件選挙における第六投票所では、投票立会人中村岩松、東谷清江、角田為春の三名であつたことは、当事者間に争がなく、その他の原告等の主張に副う成立に争のない甲第二一号証の三の記載、証人東谷清江、同佐藤修の各証言は、成立に争のない甲第二一号証の四(一部)、五、六の各記載、証人中村岩松、同角田為春、同鷹橋三郎の各証言(角田為春はその一部)に照らし措信し難く、他にこれを認めるべき証拠がない。かえつて、右に比照した各証拠によれば、中村岩松は、同投票所において、選挙当日午前七時投票開始前から午後六時その終了するまで、食事のため一回一〇分足らず席を外した外、湯茶をくみ、生理的必要のため数回二、三分間程度席を外し、また投票者入場の極めて閑散な折一度四分間位投票所外へ出て投票に来る模様を確めたことの外は、終始選挙人の投票に立会つたことが認められる。右事実のように投票立会人が短時間主としてその必要に基いて席を外すことは、公職選挙法にいう立会人が三人に達しないときまたは達しなくなつた場合には当らないと解すべきであるから、右投票所においては投票立会人三人のうち一人中村岩松の立会を欠いて投票が行われた違法があるということはできない。
(六) 不在者投票に関する違法の点について。
(1) 本件市長選挙において留萠市選挙管理委員会書記小笹英一が、公職選挙法第四九条、同法施行令第五二条の規定によつて必要とされる留萠市長の交付すべき不在者投票事由証明書の発行事務を取扱い、同書記の留萠市長作成名義で発行した不在者投票事由証明書に基いて不在者投票九三票がなされたことは、当事者間に争がない。
原告等は、右小笹英一には、右証明書を発行すべき権限がないと主張するのであるが、成立に争のない乙第二号証の一ないし六、証人成田義雄、同矢野慶治、同松浦栄、同小笹英一(第一、二回)の各証言を総合すれば、留萠市長が各公職選挙の場合において市長の権限に属する不在者投票事由の証明書発行に関する事務を将来に向つて包括的に同市選挙管理委員会書記に委任して不在者投票の管理事務を円滑化することを同市選挙管理委員会委員長矢野慶治と諮り協議を遂げたうえ、同委員長の同意を得て、昭和三〇年一〇月一日、留萠市選挙管理委員会書記小笹英一を同市事務吏員に併任し、同年一二月一日、同市総務課庶務係勤務に任命し、本件選挙に際して、留萠市長よりその記名押印ある不在者投票事由の証明書用紙を一括して同市選挙管理委員会委員長を通して小笹書記に委託して不在者投票事由を審査し、同市長名義の証明書発行事務を取扱う権限を留萠市職員小笹英一に委任したことが認められる。従つて、右小笹英一が留萠市役所の職員である資格において同市長の委任により右九三通の不在者投票事由を審査のうえその証明書を同市長名義で発行したことは適法な職務権限に基いて有効になされたものというべきで、右市長の併任を無効と解すべき十分の根拠がなく、仮りに原告等の主張するように地方自治法第一八〇条の三に規定する職員の融通と反対に地方公共団体の長がその公共団体に属する委員会の職員を吏員に兼務させることが禁ぜられているものと解しても、前記のとおり留萠市選挙管理委員会委員長と協議を経た後留萠市長の職務を代理する同市助役が本件選挙の施行に当り右不在者投票事由の証明書を一括して小笹書記に委託したことにより地方自治法第一八〇条の二に定める市長の権限事務委任がなされたものと解されないことがない。従つて、小笹英一が無権限で不在者投票事由証明書の発行事務を処理したものということはできないから、右証明書に基く不在者投票に瑕疵はないといわなければならない。
(2) 証人成田義雄、同清水清志、同松尾京子、証人小笹英一、(第一、二回)の各証言ならびに原告小原武本人尋問の結果と口頭弁論の全趣旨とを総合すれば、留萠市選挙管理委員会の委員長が不在者投票管理者として同市においてなされた本件選挙の不在者投票において、選挙人である小笹英一が立会人として立会しし、同市内前記委員会事務所委員室において数日に亘り総数三四五票の不在者投票が行われたのであるが、立会人小笹が不在者投票をしようとする選挙人が候補者の氏名を記載した投票用紙を封入した投票用封筒の裏面に署名しないで、不在者投票事務を補助する未成年の臨時雇員松尾京子に右不在者投票用封筒に小笹英一の氏名を代つて記入させたこと、そして自己の氏名を代筆させた投票数が右三四五票のうち二八八票あることが認定できる。公職選挙法施行令第六〇条に規定する投票に立会つた者に署名させるとあるのは不在者投票手続の公正を保障するために立会人の自署を必要とするものと解すべきであるから、立会人小笹英一の右各署名の代筆は同条に違反するものというべく、もとより選挙の管理執行規定に違反する場合に相当することは明らかである。
ところで右選挙の規定に違反があることによつて選挙の効力に影響を及ぼす投票数は二八八票と確定することができ、しかもその投票が候補者の何れに帰属したか不明であるが、右違法があるからといつて、右不在者投票において候補者玉置信一に投票されるべきものが候補者橋本作市に投票されたものとは弁論の全趣旨に徴して到底考えられないので、右違反の対象となつた不在者投票二八八票の全部を候補者橋本作市の得票数八、九〇二票より差引いてもなお候補者玉置信一の得票数八、五九二票を超えることが明白であるから、右規定違反があつても結局選挙の結果に異動を及ぼす虞がないものというべきである。
(3) 留萠市選挙管理委員会事務所を投票の記載場所とする前記不在者投票において、留萠市選挙管理委員会書記小笹英一が、一方では<1>前示証明書の発行ならびに<2>選挙人名簿の対照、<3>選挙人の確認、<4>投票用紙の交付、<5>投票用封筒の受領等の選挙事務の一部の執行をなすとともに、他方右不在者投票における立会人となつていたことは、当事者間に争がない。
しかし、市選挙管理委員会の書記が不在者投票管理者であつて選挙管理委員会の委員長の補助者として前記<2>ないし<5>の不在者投票の管理執行を取扱うとともに公職選挙法施行令第六〇条に定める立会人として立会することを禁止する趣旨の規定がなく、証人成田義雄、同松尾京子、同小笹英一(第一、二回)の各証言によつて認められるように前記不在者投票が留萠市選挙管理委員会の委員室において委員長若くは委員長の職務を代行する委員の面前で、雇員松尾京子、湯田幸子に前記<2>ないし、<5>の各執行事務の大半を補助執行させていたのであるから、小笹英一の右立会が不在者投票の公正を妨げるものということができず、選挙の結果に異動を生ずる虞があるとはいえない。
従つて、この点の原告等の主張もまた結局採用することができない。
従つて、被告が原告等のなした訴願につき昭和三三年八月九日棄却の裁決をなしたのは相当であつて、右裁決の取消を求める原告等の本訴請求は、その理由がない。
よつて原告等の本訴請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条に従つて、主文のとおり判決する。
(裁判官 南新一 田中良二 輪湖公寛)